ブログページ 2 2016.11.14~        調和のとれた自律自尊の健康人生



学ぶから研究へ

2016.12.03

いよいよ、今年も残り1ヶ月。

今年は教わるから学ぶ、学ぶから研究するということを、重力ということで、身をもって探求出来た。

その結果の現在の身体感覚、身体観は、人体、身体は流体であり、重さは常に下に流れ続け、重みとなっている。何もしなければ流れている。

ただ、それを緊張させ、糞詰まり状態にし、身体をバラバラに固相として認識し、命令する自分が居る。

そんな気づき、学びから今の時点での身体遊びをする。

来週の土曜日、12月10日に、今年最後のスーラク、健康教室!

黄身は黄身で目玉焼きもあるが、卵焼きそしてだし巻き卵もある。


身体が切れているという現実!

2016.11.23

おっ! 凄いこと、身を待って実感してしまったかも!

流れに乗り、乗り続けるには、先の準備、予測が必要!

予測するためにも身をもっての失敗という体験が必要。その失敗体験を選ばないという選択の結果、失敗しなくなる。

歩く歩道に乗るにも、スキー場でロープ塔に乗るのにも!

昔子供の頃、スキー場でこのロープ塔に乗れず何度か転んで結局乗れずに諦めたことは今でも身体は覚えている。

 

乗れずにこけた瞬間の驚きは今でも覚えているが、乗れるようになった瞬間は全く記憶にない!

さて、予測と言っても、頭で考え、頭で身体に命令していては、間に合わない!
頭さえ準備出来ていれば、即ち乗って滑っているイメージが出来ていれば、後は、身体が勝手にやってくれる。

身体が勝手にやってくれると言っても、スキーの板に乗れる基本的身体になっていないとロープを掴んでも、スキーが逆ハの字になってつまずいたり、進行方向に向かってスキーのエッジが、斜めで身体とスキーの進行方向が違ったりして流れに乗れない。


また、上半身と下半身の自然の連携、バランス、つながりもないと身体全体でスキーに乗り、ロープで上まで連れて行ってもらえない。

乗れる基本的身体がない、自分でない、状態だと、ロープ塔に乗ることは出来ない。

話を聞く時も、流れの中である程度予測しているからスムーズに聞ける。

一方では、構えず流し続けていれば、流れられるが、期待しすぎ、決め付け過ぎると、期待した言葉が来ないと "なんでやねん" と一々突っ込んで、流れを止めてしまう。

ゆえに聴き続けるためには、なんでも、そうなんだ、そうなんだ、と全てを受け入れられている自分の姿を選択し、イメージを持つ。そのイメージを選択し持ち続ける必要があるようだ!

ロープ塔に乗り続けるためには、乗り続けているイメージを無意識でも持ち、身体のそのありようを維持していないと転けることとなる。

 

スキーの板が少しでも開いたら、次第にその開きは大きくなって転ける。その都度その都度の小刻みな修正が必要な過程もある。が、最終的には、目をつぶって半分寝ていてもそのありようがあれば、大丈夫になる。

人との対話では、言語だろうが、非言語だろうが、身体を通した対話だろうが、転けない選択として風見鶏となり、挑まず、逆らわず、追い越さず、急ブレーキ、急発進をしないという選択をし続ける必要がある。

さらに、身体が流れられる基本的身体となれば、余計な予測、思考、命令、緊張は要らない!
乗れているのが、聞けているのが、当たり前、無意識レベルでも可能となる。


後は、身体任せ!
風任せ!

で、はじめて、乗り続けるのも、聞き続けるの自由になる。

ロープ塔に乗り、スキーを進行方向に向けて横にしてもエッジを外してフラットよりも更に雪を受け入れる角度にすれば、それでも乗れて、上れる。

最初は無理と思えたことも簡単に実現できる様になる。まず最初は転ける。

七転がり八起き
意識的選択から
無意識的選択へ

そのためには身体を練り習い慣らす過程が必要!


間抜けの勧め!

2016.11.22

緩んで崩れて歪んで緊張を生むか

緩んで調和して整い開放されるか

最初のほんの少しのボタンの掛け違い!

そのボタンがあるのに中々見つからない。

見つかったと思ってもまた、直ぐ見失う。

意識し探せば探すほど見つから無くなり、遠ざかる。

下手な考え休むどころか、更に掛け違いの元!

笹舟を離しさえすれば、流れに乗って流れ、なるようになる。
自然の理に従うのみ!
が、考えれば考えるほど、放せなくなる。

 

人間変と言えば、変。
偏屈と言えば偏屈。

人間考える葦とは言われるが、考えても仕方ないことは、考えない!

頭は手放し、身体に任せる。

世間で物を売るには、AIDMAと言うのがあるが、身体に関しては、AIDAで、ユラユラ気持ち良ければ良い!

Mが抜けて、ちょっと間(aida)が空いたAIDA位が、ちょうど良い!


本質はシンプルだが奥が深い!

2016/11/21

本質は、シンプル!

ニュートンの運動三法則
慣性の法則
f=ma
作用反作用

パスカルの原理

アルキメデスの原理

我々人間も、その原理恩恵を受けている。

しかしながら、シンプルなだけにそれを身をもってその意味知り、味わうことは、決して容易ではない!

その意味するところは、広く深い!


重力と大気(浮力)による対象物の落下の違い

2016/11/21

真空一様重力下では、質量が違っても、比重が違っても、同じ高さから同じ距離落ちるまでの時間は、同じ。

だが、大気中では異なる。
浮力、空気抵抗が働いている!

空気も濃淡が出来、その濃淡を我々も知覚認知出来る。

 

その対象物のありようを知覚すると、追い越さず、遅れず、付いて行く(追随)ことも出来る。

そのためには、自分自身のありようが大事。


緊張し、居着いていると追随出来ない。

 

また、相手の力み、緊張、居着き具合にもよりその動きのスムーズさ、落下の程度も異なる。

異なるが、相手との接触を知覚、認知して身体に任せれば追随も可能。

紙一枚でも、水平にしての落下、縦にしての落下、丸めての落下、さらにお手玉、箸、ネコの落下もそれぞれに異なる。


学ぶ際の時間の無駄と愚の骨頂!

2016.11.18

学ぶと言うことへの真摯さ、熱意がいかに大事か!
接ぎ木するような学びの浅さ、浅はかさを思い知る。

青は藍より出でて藍より青し

それは、並大抵のことではない。
しかしながら、少しでも染まれば良いと言うけちな根性では、とてもとても。

折角の学ぶ機会にもかかわらず、自分の思考、体験、解釈を挟むのは時間の無駄で有り、愚の骨頂!

先ずは黙ってどっぷりと漬かる。浸る。全身全霊で浸る。

浸るとは、一分一秒もその状況、場面から抜け出さない。ずっーとだ!

自然としては、一分一秒も同じと言うことはあり得ない。
その中でじっと浸る。ただ、ただ、浸る。

単純と言えば言えるが、その単純さにどれだけ真摯に情熱を持って向き合えるか!

書き換える前に染まってしまえば、書き換える努力感は必要ない。染まるが勝ち!

藍より青くなれるかは、その先の話だ!



人は易きに流れもし、向上もする

2016.11.17

水は低きに流れ、人は易きに流れる。
されど、

水は、蒸気となり、雲にもなる。
人は、上気し、上ずり、緊張し居着き、固まりもし、発奮、努力し向上もする。


大気は凄い!

2016.11.16

真空一様重力下では、質量が違っても、比重が違っても、同じ高さから同じ距離落ちるまての時間は、同じ。

だか、大気中では異なる。
浮力、空気抵抗が働いている!

空気も濃淡が出来、その濃淡を我々も知覚認知出来る。

縦方向では、冷気は下がり、暖気は昇り上昇気流となり、グライダーをも上昇させる。

横方向では、そよ風に頬を撫でられ、髪はなびき、下手をすると人も木も倒され、飛ばされる。

人が動けば、空気も動く!
空気が動けば、人も動く!

人と人との距離が縮まり、間合いが詰まると、触れなくとも圧迫感は感じる。

我々は浮いているし、常につながり、触れ合っている。


治療して治すとは、誰が何を直すのか ?

2016.11.14

■ 現代人のありようは、

表面的前方一点集中知識情報偏重頭でっかち教育の結果

 

■ 情報知識による頭のみでの理解、気づき感銘は、

身勝手に得たいことに意識が集中し、その点についてのみ口が開いて説明に雄弁になる。頭に血が上り、上ずって上滑り。思いもしない新たな自分が開いてくるその一過程ではあるが、邪魔!

 

■ 身体を通しての新たな体験、感動は、

口は閉じ寡黙になる。意識は身体に行き渡り、これまでにない感覚を味わい、意識も血液も均等均質になり、身体も緩み重みも身体に染み込む。

言語化できず、説明できず、納得しがたいが、身体には無意識領域で染み込んで定着していく。

出来ることは、身体がそうなる準備をし、邪魔せず、受け入れ、味わうだけ!

 

■ 人間の熟成発酵の期間は、睡眠

一晩寝ている間に身体に染みこませ、熟成、醗酵させて、身から湧いてくる感覚、言葉は、思いは、有難い、新たな自分!

他者からの変容(きっかけ体験)を通して、無意識レベルでの自然醗酵し成熟する。
孵化し、レベルアップする。
これまでにない身体感覚と恒常性の目覚め!

 

■ 凝り、痛み、苦しみもあるだろう!

それは、単なる結果!
それを目の敵にし、相手にしても仕方が無い!

そうだ!
それが、これまでも目指してきた「身を介した認知行動変容リハビリ療法」だ!
なるようになってもらう!
何処がどうなるかは、お楽しみ!

その人自身が自らの人間の能力を自立的に無意識に発揮してくる。当然の結果として、先ずは、本人の意識に登っているその時点での身体のありようの結果の症状も、変わらざるを得ない。

しかし、表面的な症状だけを目の敵にして消しても本質的な身体のありようが変わらない限りは、何も変わらない! どうせまた当然の結果が現れてくるだけ!

日々の生活そのものから自分を変えない限りは、変わらない!

自分を変える一つの指標として重みとその流れの知覚の錬磨は、大事!

 

■ 新たな気付きと展開

一口食べた物の重みと流れを感じたらどうなるのだろう!
普段は、せいぜいのどごしまでだが!

胃袋に掛かる重みとか、胃袋が軽くなる感じとか?
おお、姿勢により胃袋が圧迫されている感じは分かる!
心臓、肺は?
肩は?
頭は?
重みによるサーチ、チェック!
おお、偏っていたり、無理なポジション、状態にあることは、感知できる。
面白い!
面白い!

一口食べる過程も、楽しめそう!
おお、一呼吸だけでも身体は色々な情報を発している。面白い!
頭で認知し、後は、身体任せ!

おお、
座って居るだけでも、その時点の自分の身体のありようを重みを介して、自分で気付ける!
重みによる自己認知変容リハビリ療法だ!

おお、楽に調和を取っていくと姿勢も変わり、目も自ずと半眼になる。
そして、全身拍動している。