自然体:テンセグモビール機能体モデル


からだ(身・心)全体の調和のとれたありよう、自然体について

出来ない事は出来ない。  出来ることしか出来ない
出来ることでも出来ないと思っている限りは出来ない
出来るか出来ないかの境界領域が気付きと練習の領域


初版 2017/01/08 改訂2017/01/09

 

端から見たら大きな変化、嘘の様な変化も、本人にとっては、その領域でのほんのちょっとの身体感覚と認識の変化、意識の持ち方の差異だが、その違いが分かることは大きい。

これまでの出来ないことをやろう、実現しようは、居着きと失敗の元。
上手くやろうも失敗の元.
身体部分への指示、命令は、居着きの元。


失敗をきちんと再現出来たらそれは成功の元。それを止める事は出来る。
出来ていることを止めることは出来る。

坂道を転げ落ちることは出来る。【落下】
だからと言って、急発進し、急加速して転げ落ち怪我をする必要は無い。【激突】
エンジンブレーキをかけて、ゆっくりと安心、安全に転がり落ちれば良い。【軟着陸】

相反するものがあるからこそ釣り合いもとれ、全体として調和ということにもなる。

屋根の上の長いアンテナも3あるいは4方向から線で均等に張られて居ればこそ強風にも耐えられる。

 

モビール:可動性・移動性のある天秤(てんびん)のような形を組み合わせた飾り物
空気の流れ風で自在に動けるし、動く。



 

テンセグリティ構造:Tension(張力)とIntegrity(統合)の造語。引張材と圧縮材からなる。全体で部分を支え、全体を支え合う。

 

部分の崩れは新たな全体の調和の元。

筋肉は収縮することは出来る。また、倦まず弛まず縮むからこそ、その拮抗筋は調和を保って伸ばされることも出来る。急に抜けたり、切れたりせずずっとつながったままの動作も可能となる。

背骨にも椎間板があり、クッションでも有り可動性がある。

 

関節には関節包があり、滑液に満たされている。両端の骨がつかず離れずお互いが浮いている。

 

しかし、いずれの関節も筋肉の収縮が強くて、坂道発進する際に、いきなりクラッチがかみ合った状態では、がちっとつながり相互の動きが限定されてしまう(坂道発進失敗)。クラッチを切っては相互の関係性が絶たれて切れてしまう(坂道でサイドブレーキを引き停止状態)。半クラッチ状態で、つかず離れず、固まらず、切れず、相互の関係性を保ちながら稼働できる状態を経ると車も動き出す。坂道も停車した状態から下がらずに昇ることも出来る(坂道発進成功)。

身体もいきなりクラッチをつなげては相互に居着く。すなわち、動くためには馴染む瞬間がある。それがつながると言われている状態。

 

筋膜もあり、筋肉がそれ以上伸びるのを防ぐ様にもなっているし、単体の筋肉のみでなく、筋肉全体を相互につなげても居る。

我々人間は張力のみの構造体では無く、伸縮自在の筋肉と半クラッチ状態としても使える関節、全体の連結組織としての筋膜もあり、伸縮可能なテンセグリティ構造とモビール能力を有している。

その本来の機能はどこか一部分を使う、あるいは一部のスイッチを切ると全体として変化する。

しかし、この伸縮自在のテンセグモビール構造機能体も決して一部の部分を固めていじるだけでは本来の機能、能力は発揮し得ない。

その構造、機能に任せられるありようで初めてその能力を発揮する。
その身体に、意思で命令してはいけない。ある面、その構造機能に任せるという受動的意識過程が必要である。

何かに負けるからこそ動けるし動かせる。
自ら動こう、動かそうでは無い。
結果として身体がその目的を実現することとなる。
そのための目標は決して直接目的を意識してはいけない。
目標は意外と思わぬ思いであり、ほんのわずかの重さの力で十分のようだ。重観であり、重身であり、受身であり、ほんの少しの軽い思い込みは必要だ。
重すぎる思いは居着きの元。何気ない思ったか思わないかの思いで十分。思ったと思わない思い。

思いも半クラッチ状態が良い頃合い。負荷をかけ過ぎるいきなりのクラッチは思いの居着き!


軽い思い込みが、身体の機能を引き出す。
Light thought draws out the function of the physical body .

 


我々の身体は、液体が入った革袋でも有り、重さも対流し、パスカルの原理も働き、かつ上記の様なテンセグモビール構造をも持ち、機能する。
もちろん、身体そのものにも質量もあり、重さの力もある。

 

テンセグモビールも、受身で流れに任せ、のんびり、ゆっくり、ゆったり

 

(C) 2017/01/08 Wasin Clinic