【 スーラク健康教室覚書 】


スーラク健康教室 2020/07/25

オフスタートすれば、ほぼ決まり!


 本日は思考と行動のマトリックスでも紹介したが、なにかしようという余計な恣意的な思考、即ち考える振りをした余計なブレーキはいらないということを身をもってトコトン実感してもらうために、オフスタートであればよいことを徹底的に体験してもらった。

 その原理、原則、モデル、「人間原論:筋肉から身体・人間を見直す」の「電磁誘導をモデルとするオフスタート運動誘導仮説」を杖を用いた遊びで身体を通して楽習してもらった。

即ち、頭でこねくり回し、邪魔をしているだけで有り、それを止めたら本来の身体の機能と、人間の能力を発揮出来ることを杖を通して相手を動かす体験してもらい、体現してもらえた。

 最初は杖を通して押すことから始め、杖を遊ばせ、自立さえしていれば、あとは相手の力、重さが地球に流れ、勝手に返って行くことを!

 簡単には、何かしようとしている意図を止めてもらう。諦めてもらう練習である。

止める練習と言えば言えるが、相手の反応(作用、あるいは反作用)を受け入れる、享受する、頂く、承認するあるいは相手に負けるなどなど to do ではない、ありよう to be の変容練習課題として、相手の力に負けるけど負けないで譲るが自立しているということを種々の局面で体験してもらい、その結果人間はどう反応するかを体験してもらい、新たな人間像を構築してもらった。

 オフスタート出来る身体のありようの違いを自分自身で味わってもらい、自分でその状態にもって行けるように、セルフマネージメントの訓練をした。

 最初は体験してもらい、多少の説明もしたが、説明はどちらかというと邪魔。体を通して説明を受け、体験したことを自分で再構築(再思考)してもらい、その思考(こちらは本人が何をどう再構築したかはそのありようの変容から適正かどうかを判断)を元に、後はチェック1を繰り返した。どうしても成果のチェック2をしがちだが、繰り返し今、何を考え、何を知覚し、何をしようとして考えているのかチェックをしてもらった。やることを決めたらもう終わっていると言うこと、それ以上は一々考える必要は無い。任せれば良いことを。

 これまでは、先ずはhow to doで、自分の体に号令をし、そしてその成果のチェック2しかしない習性にどっぷりと浸かり、チェック1などは夢のまた夢、思いもしない行動(思考)であったが、先ずは自立するという思考をして、目的に対して事を起こす前に既にその自立が崩れていることをフィードバック掛け続けて行くと次第に自分自身を内観し始め、自立のチェック1をし始めてきた。

 最初は、自己チェック出来ずに、ただ、結果を追いかけている状況が続いたが、現状認知の内観方向に目を向けてもらうとやっと、自立しアースするというチェック1が始まって来た。すると、杖を通して相手を動かすという課題の中で、これまで実現出来なかったことが実現出来る様になり、チェック2する段階となってきた。

 上記の仮説の説明は一切せず、ただ、自立すると言うことと現状のズレをただフィードバックし続け、本人の気づきに任せ、その中でやることを諦め受け入れ、流れるという感覚を迎えに行ってもらった。最初は、全く感覚、知覚、認知しようとしないhow to do 人間がいたが、ある瞬間から how to be 人間が出現してきて、ドンドンその感度が高まって来て、自分自身でチェック1をし始め、自分で自分のありように気づけるようになってくると共に、結果としてのパファーマンスも上がってきた。

 また、これまでの自分と新たな自分との違いも自分で言語か出来る様になり、自分で説明し始めるようになった。足首も腰も含めて全身を事ある毎に緊張させ続け、腰痛となり、サポーターをまかざるを得ないこれまでの自分のありようをやっと自ら気づき、自ら解説し始めた。

 

 細かい説明はいらない。邪魔。単語で新たなありようを提示し、我が身で、すなわち感覚、知覚、認知そして運動(行動と思考)の循環を再疎通させる。そんな一時であった。

自分なりの感覚、知覚、認知を通して、自分なりのそれなりの論理、仮説が成り立つと幻でも、一時的でも、嘘でも間違いでも、自ら仮説検証をし始める。また、気づきも出始める。

 その変化を見守る面白さ、きっかけを与える愉しさを味わえた楽習の一時だった。

結果としては、部分部分で見れば、知覚遮断だったり、知覚不統合による認知不成立も実現してしまうからこそ、オフスタートすればほぼ決まりであり、終わっている。そのありようであれば、棒を介して人を投げる(落下させる)ことも造作もない、何も特別な事でも無いことが分かった。

オフスタット出来るありようそのものが認知不成立!

 

 



スーラク健康教室 2020/02/22


健やかになる秘訣:余計なことをしない! 余計なこととは? その2

温故知新 感じから具象化(理解)さらにコンセプチュアル(理論化)へ

 

昨日2月22日も定例の健康教室を開催した。

今回は、本当に実り多い回であった。以下のようなことを残して置きたい。

  1. ・温故知新
  2. 身体反応(常習と覚醒)
  3. ・アウトプットは人のためならず
  4. 偶然と必然
  5. ・思考の3ネル:寝る、錬る、練る


人間ってと今の自分の身体を通して考えていて、あるキーワードが浮かび、それをネットで、検索しても、たった一つの検索結果、それも地蔵さんの写真と「和顔、和体」という単語が上がっており、あれ! おかしいな! 以前はいっぱい検索出来たのに?!
どっかの坊さんの説教しかないのかなと思って諦めて読んでみた。
いやー、ビックリした。今の自分の思っている事、感じていることが書いてある。その通り!
と。
どんな人が書いたのかと思ってたら、なんと3年前の過去の自分が書いていた。
健康教室の切り口を探していたので、まー、偶然にせよ出会えたのだから、よし、フィジカルメカニズムの知識、記憶から認知へのアプローチに使ってみようと思って、教室用にレジュメに多少短縮したものを載せた。

ーーーーーーーーーー 説明の都合上 段落毎に番号を振った ーーーーーーー

① あるものは万遍なく程よくバランスしながら活用すればよい。

骨があるからと骨のみを、筋肉があるからと筋肉の部分のみを使うのは?

ジャンケンでチョキだけ出し続ける必要は無い。グーも、パーも出せる。

② 皮膚は一枚。フワリとつながり、その中はグニャリとつながり、流れる。内から外へ、外から内へ、縮めば伸び、伸びれば縮む。落ちれば弾み、弾めば落ちる。

③ 身体のつながりも、骨、関節のつながりもあるが、提灯のようなつながり、さらには、テンセグリティの崩そうにも全体のバランスで崩れない機能構造も身体にはある。身体全体の調和が大切!と、いうか調和体・統一体である。

④ しかし、いかに素晴らしい機能構造があっても、自分勝手な部分の繰り返しでは、部分疲労が増し、痛み、傷つくだけ!身体全体の調和も大切だが、それも相手無視の独りよがりの勝手な調和は、一人相撲であり、周りとは乖離している。

⑤ 相手に声かけ、返事があればこそ!応答なく話し続けても、意味はなく、成果も生まれない。相手のご機嫌、様子を伺い、挨拶しないと、話にならない!話のしようがない、話のつけようがない!調和のしようもない!

⑥ まずは、もしもしとお伺いすることが大事!相手の有り様をそのまま受け入れてこそ和することもできる。自分の思っていること、都合を、イメージを、固定観念を相手に押しつけても意味はない。それ所か、軋轢の元!  不和の元! 争いの元! 不健康の元!
       地球とも、自分自身とも、そして他人とも!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 教室の始まる前に、本人に自分でやってみたい課題を提示してもらった。
ある動画の正座からの合気上げのような課題であった。その課題をとりあえずやって貰い、さらに単純な課題もやって貰い、現状を確認。


 その後、上記文章の1段目①を音読して貰い、その意味をその時点での理解で確認してもらった上で、再度課題を試して貰った。すると、それまで寄りかかり、かち合い力づくで何とか使用としていたのが、無くなり、寄りかからなくなった。それでも、その後力だけで押そうという行動は変わらずあった。


 2段目②を音読して貰い、再度それなりにその時点の理解で課題を実施してもらう。自分で読んだ内容を考えながら、呟きながら、本人課題に取り組む。接触を大事にし始め、無理なことはしないようにしてくるが、どうしても押さないといけないという思いは消えない。
そこで、人間基本原理図の「思考と行動マトリックス」で、①の状態では、困難なこと、④になれれば良いが、そこまではなかなか困難であること。しかし、②または③に近づけたら結構おもしろいことが起こることを以前楽習したことを思い出して貰い、課題をやって貰ったら、実現可能となる。本人は唖然とした顔をしているが、フィジカルメカニズムの観点から再度説明し直し、学習し正しい知識からは、正しい認知がなされ、その結果正しい行動が起こることをフィードバックして、再度、課題を確認して貰う。今の状況を理解し、適切な目的を持ち、目標を認知したら、あとは勝手に身体がやってくれること。


 重さの力が通るようになってきているが、まだ、スムーズに通らず、油が切れた歯車が動くように滞りながら動いている。再度、課題に取り組んでいる際に、現在、マトリックスでどの事象なのかをメタ認知して貰い、文章の②を再度音読して貰い、動かす必要は無く、流れるのを止めなければ良いことを伝える。すると滞りが減少し、重さの力が流れはじめこれまでとは違い滑らかに気持ち良く転がれる結果、状態となる。そこで、マトリックスを確認して貰う。


 自分で①事象でやった場合、②事象で、そして③事象で試して貰い、その違いを確認して貰う。やはり①では困難で、少なくとも②か③で可能となること。そうすると「身体のありよう」が変容し、「重さの力」が働きだし、そして「コミュニケーション」も取りやすく、全体の無理のない調和も生まれ、部分ではない身体全体で「重さの力」が活用出来ることを説明した。


 さらに文章の③、④、⑤を実際の行動でフィードバックしながら説明を続けるが、本人は話を聞こうとはするのだが、盛んにあくびをかみ殺しており、体も怠そうで今にも眠りそうな状態で坐って居る(身体反応)。そこで、正座した状態からこちらの両手首をつかんで貰い、そこから重さの力でゆっくりで崩れて貰い寝転んで貰うと、もう本人は畳に吸い付いて、ぐったりと大の字になっている。そのまま、しばらく寝たままにして置き、本人の身体が動き出すまで休んでて貰った。そして、身体が動き出し起き上がって来た時には、もう全く眠気、だるさはなく、感覚、知覚も開き、認知もスッキリし、顔つきも変わり颯爽として彼本来の覚醒したありようとなっていた。


 そこで、課題を試してもらうと淀みなく滑らかに実現出来る。
その覚醒した状態を自分自身でも確認して貰い、再度③〜⑤の説明をすると、非常に通りが良く、重さの力、体を通したコミュニケーションを色々と楽しんで貰った。しかし、次第に切れ味が悪くなってきて、淀んで来たので、常習性の身体認識があり、そこから抜け出し覚醒しないといけないことを伝える。そして、今回身をもって楽習したことを元に、再度文章を通して音読してもらい、自分自身で思考錯誤してもらう。が、やはり、これまでの常習化した思考により、どうしても運動ゾーンに陥って行く。それも現時点では致し方ないことを本人にフィードバックする。気付いて理解しても、それで直ぐにそれが実現出来るわけでもないこと、言行一致させ、知行合一することはなかなか困難なことだが、ただ、一致できる時は瞬間であることも伝える。その瞬間を迎えるためにも自分自身の身体を通して、本来の人間の原理原則を学びしっかりと自分を通して人間の認知を変えて行かないといけないことを伝える。


 最後に、もう一度転がって貰い運動ゾーンから認知ゾーンに移行して貰い終了とした。

 以上の様な健康教室であったが、今回、自分自身にとって、非常に意義があったことは以下のような事であった。

⑥についても言及していて、はたと気付いた。いやいや、これは誰の課題でもない。自分自身にとっての一番の課題だと。

そして、偶然なのか種を蒔いて置いた当然の結果、必然なのかその不思議を味わった。

過去に身体感覚を書き残す際にこれまでの感覚では無い感覚を残すために新たな概念を導入したが、その際にその言葉を間違って使って、そのまま間違って覚えて居た。そのキーワードで検索をしたら、当然世界に1つしかない文章が検索され、自分で書いた文章ではあったが、書いた事を忘れていて、その内容に共感したこと。そして、今回の健康教室で学習により知識を修正すれば、認知も修正され、行動も変容されることをやってみようと思っていたので、それの文章を提示し、文章そのものはそんなに常識外れのことは言っていないが、その意味する本来の意味を実感し、知識、言葉を受け止める認知の受け皿を変えれば、認知も変わらざるを得なくなるだろうという仮説の元実際にやってみたら、思った以上の成果が出た。また、身体反応が出て、それをきっかけに覚醒するところまでいけるとは思ってもいなかったので、自分ながらビックリし、感動した。これも偶然と必然。

 

また、当時書いたのはその時の体感を、その時の認知で文章にしたのだが、その意味するところの広さと、深さがその後自分なりに深まってきて明確になってきていることが実感された。温故知新。

文章は同じでもそこからインスパイアされる量と質が異なってきている。自分自身が健康教室の限られた場ではマトリックスの④の状態に近くいられ、運動ゾーンから脱して認知ゾーンにいられやすいことが実感された。

 

そして、以前から寝て居ると新たなアイディや考えが整理され、まとまること。また、歩い(錬る)て居て新たなアイディアが湧いてくること。それらを合わせて文章、図を考えると内容が練れてくることを今回も実感した。そして、やってみると思っていた以上の成果、効果が出てしまい、これまで学んで来たことが集約され自らに返ってくる。一つの切り口からと思って初めたが、結局は人間の基本的要素全体を味わうこととなってしまった。3面の自分の主体についても言及してしまう自分に驚いた。

 

 

 

 


スーラク健康教室 2020/01/25


健やかになる秘訣:余計なことをしない! 余計なこととは?

 

今年初であり、また、以前クリニックに来てくれた方の参加もあり、自分という人間を通して人間って何?

そして人間としての自分の現状を日常動作、腕を伸ばす、歩くと言うことを通して味わってもらいました。

 

最初は、人間に対する現状認識の確認をしました。

 

・我々は人間である 

・人間は動物であり、植物ではない 

・人と人との間があるから人間である 

・遊びがあればこそ豊かになる 

・人間は思考し、二本足で立ち、歩き、行きたい所に行ける 

・息をして活き活きと生きてそして逝く

 

以上を提示し、その認識に大きな差が無いことを確認した上で、身体遊びをしました。

 

肘を曲げた状態で壁に拳を当ててそれを伸ばす課題。

最初は、考えていても腕を伸ばすという行動が出来ずにいました。で、最初に確認したことを再度提示しました。

我々は植物ではないが、植物は、太陽に向かって伸びていきますよねと、情報を提供すると、これまで固まっていた肩、肘が拳は壁につけたままある方向に動き始めました。

さらに、情報提供。我々人間は植物ではなく、思考できること。行きたい方向に行けること。

すると一方向以外にも壁伝いに腕を動かし始めましたが、まだ根が生えたまま。

我々は、動物ですよね?

植物とは何が違うんでしょうねと問うと動き始めましたが、これが見事にぎこちないロボットの動き!

もちろんこの方は元々真面目な方で目いっぱい肩肘張って頑張っていらっしゃる。

 

そこで、いつものlateSさん登場。

 

new Sさんには、鏡で自分の動きを確認してもらって、受け付け終了後のlateSさんと車座になり、再度、人間についての認識を読んでもらい皆で確認!

 

その後、立位で手首を握られての腕伸ばし、胸クロスでの腕伸ばし、歩きを通して、我々は、決して恐竜でも、ロボットでもないこと。胸に指1本当てての歩き出し課題を通して身体のありようの現状チェックとともに錆落とし、ブレーキを踏み、自分にのろくなる呪いを掛けていた呪いを自ら解いて行って貰いました。また、newSさんは、lateSさんに対する指1本での重さの力を流し込むデモを見て、「重さが流れるんですね」と自ら言う。

また、手を握るということも、力んではいても実際は握れていないこともフィードバックし、そんなに力まなくても握れることを体験して貰う。

 

頭で理解し分かっていると思っていることと、現実の身体の状態のあまりの差に初参加のnew Sさんは、目を白黒させ、唖然呆然と混乱する一時がありましたが、混乱し、ショックを受けある面思考停止したお陰で、頭と身体の分離され、これまで踏んでいたブレーキも解放し、坂道で半クラッチだからこそ発信出来るように、掴んで来た相手を力感無く崩せる体験をしてさらに目が点! しかし、決して不思議でも何でも無いこと。それが本来の人間の能力であることを実感して貰いました。そして、その能力は付け足したのではなく、元々ある能力であることを提示させて頂きました。

 

 人間は行動してなんぼだが、肩肘張って常日頃ストレスまみれでは仕方がない!

 

省エネで適正な身体のありようについて。「思考」「遊び」という観点から現状を確認し、修正し、楽に、健やかになる体験をして頂きました。


スーラク健康教室 2019/10/26


「何もしない」から学ぶ運動方程式

 

接触部は「何もしない」意識、そして「重さの力」で「中心から動く」という基本的「身体のありよう」を実現するために、歩きを通して、さらに簡易ペンデュグラムで、そして、お互いの身体を通して転がり遊びをし、身体に対しての知識をちょっと修正して現状の身体の状態を認識「認知」する事を学ぶ一時でした。

 

普段鈍くなっている、忘れている「感覚」、部位を「知覚」してもらい、そのありようを「認知」し、後は「ゆらぎ」に任せるだけの感じ。

 

「ありよう」が変われば、「重さの力」が生まれやすくなり、かつ重さと「コミュニケーション」も取りやすくなり、さらに、自分あるいは相手の「ありよう」も感知しやすくなる結果、「認知」も変わり「行動」も変わってしまう。 

 

変えない! 

 

変え様とし変えては駄目詰まり! 

 

真に実感し受け入れれば変わってしまう!

 

任せる感じが良い感じ。

 

また、その結果、参加者から下記のメッセージを頂きました。

 

〜〜〜

 

昨夜も大変勉強になりました。ありがとうございました。

今朝は起床の際、スクッと起きられ、最初の一歩から体重を支えて歩くことが出来ました。

朝から感動しました。

 

先生の「本来の自分を取り戻す」という言葉にハッとしました。

起床時、もともとは普通にすっくり起きられていたものが、いつの間にか無様な寝起きになって、それが当たり前になってきてしまっていました。

日々の不自然なありようや振舞いの積み重ねで、上半身と下半身の動きが常に無意味に連動し、ひとかたまりになり、自分のイメージ通りの動きが出来なくなっていました。

自分だけでは全く気づけなかったことを、気付く場を頂き、ありがとうございました!

 

 


スーラク健康教室 2019/08/24


「何もしない」 を感じると、その結果は? 三面の自分とたくみの会運動方程式と成長サイクルと習熟サイクル

 

私たちは、子供の時から努力することを教えられ、頑張ることを強いられ、頑張っていると褒められたり、時にさらに頑張れと言われ、その行動を強化され、それが習い性になり、常に肩肘張って、足腰踏ん張り、力みその力感を求めて頑張っている。

 

前回の思考と行動のマトリックスから、考えない・行動しない状態がどういう状態で、どんな意味があるのか、身体遊びの中で、検証してみた。

何もしないからこそ重みも生じる。

何もしない(無心の)ありようだからこそ重みも生じ、重さの力となり動きも起きる。重さが流れるありようなら、コミニケーションもより繊細に可能となる。

 

 

我々は普段何気なくやっていることは、楽に無理なく無駄なくムラ無くやっていると勘違いしている。歩くこと、立つこと、腕や脚の上げ下ろし!

 

しかし、何気なく出来ていると思っていることが、実はそうではない。

目の前に立たれ、触れられるとただでさえ頑張っているのにさらに頑張って強ばり、居着いてしまう自分を認知してもらった。

 

何もしない身体が、重さを生み出しそれを活用できることを、種々味わってもらった。

立って転がれる体、即ち立ってても、座ってても、寝てても何もしなければ、腕も脚も落下出来ること、落下していること。重さが流れていること。そのありようだと体は自動的に自律的に動けることを遊びの中で、体感してもらった。

そのありようで立っている人に指を触れるだけで崩されてしまう。

寝ていて両手両足を持たれて空中に浮かされていても、その持たれている脚を何もしなければ、重みが生まれて持っている相手を崩してしまうこと。座っていても、腕を捕まれても、肩を捕まれても、頭を捕まれても、皆同じ、何もしなければ、重みが生じて、その重さの流れに導かれれば、相手は崩れてくれることを小学校五年の男の子に実現してもらい、大人も後に続いた。ただ、コミニケーションを大事にしそれをし続けずに自分勝手なことをやろうとするとてきめんに相手を刺激し抵抗を生み、自分も固まってしまい終わってしまう。

実体の自分の凄さと脆さを味わって貰えた。

 

そして、自分を脆くするもしないも、主体の自分であること。何もしないという目標を持って100%でなくてもほどほどにそれが実現出来れば、それだけでも体が自律的に重さを生み出し発揮してくれることを!

 

身体をどうこうしようではなく、思考を替えるだけ(思考シフト)で、体は変わり、これまで出来なかったことが、あら不思議と出来てしまう。どうにかしようという思考を何もしないという思考にシフト!

 

その成長サイクルを体感(図の①)したら、後は、その何もしないという体内感覚(C1体内情報)を元に座ろうが立とうが、寝て様があとは適当に皆同じという感じ!

その他、体内感覚C1チェック(Check)し新たなプラン(Plan)を立てて(Act)、さらに実行(Do)しその習熟サイクル(図の②)を回すだけ!

それを下記に図に示した。

 


即ち未来から無にもしないと決める主体という自分、何もしないでいられる現在実体の自分、そしてこれまでにない手応えの無さ、不思議さ、違和感を感じている過去客体の自分を体感してもらい、ビフォーアフターで①成長サイクルに入ってもらい、さらにそのgoodからgoodの成功体験の体内感覚情報を元に②習熟サイクルを回してもらった二時間半であった。

 

学んでもんもん、 やって、 考えて、 図示して、 スッキリ!

成長サイクルも学習サイクルもいずれも未来から始まる未来感覚循環システムである。なるほど それが人間のありよう!

 


スーラク健康教室 2019/07/27


教えない!

点描画法的に自ら気づき、思考錯誤できる場を提供し、フィジカルのありようの変容遊びで、自らありようを変容してもらい、そのありようの感覚を体感し味わってもらう!

それをどうするかはその人の勝手!

 

本日は、スーラク健康教室始まって以来の大賑わい。

五年生の男の子とともにその両親といつものレイトSさんといつものAさんの、総勢6名での相互楽習の機会となった。

 

私自身もたくみの会フルスペックライセンシーとさらにミラージュトレーナーとなり、人に伝えることを模索して来て、本日、人から学びそれをフィードバックすると勝手に「教えない点描画法的相互楽習システム」が構築されてしまうことに感動した。

 

テーマを定めて目的もあっさり持ち、ターゲットは、今の自分が提示できることを思考と行動と図示、体感できるように組み立てただけ!

 

少し言い換えると「粗探しをし、それを本人自身に少し意地悪く提示し、その人自身が自分の体感を通して思い知ってもらう」と言う私の性格に馴染んだコンセプトだ!

 

今後のスーラク健康教室の型が浮かび上がってきた。

 

今回の覚書

 

両手の甲に乗せてからのお手玉落とし

いやいや、これだけでも人それぞれ、遊べる遊べる。

こんなに遊べるとは、思いもしなかった。

その後のお手玉捕り

床ギリギリ捕り

クロス捕り

 

それを踏まえての思考行動マトリックス

座布団四枚を用いての体感マトリックス

 

さらに無思考無行動への各自の何もしない挑戦と観察

頑張っても20〜30秒

その後、お手玉遊びの課題を通して、行動の時間的推移と思考の関係を行動経過思考マトリックスで確認

新たな課題提示。

イス倒し

参加者全員で、自ら体感し見取り(客観視)の練習

子供は何の苦も無く、大人は下手な思考と思い込みで自分でどん詰まって行く。

こどもに見本見せてもらい大人も再学習

それを人を相手に再現!

大人は、人が相手だと余計なことをし出すので、再度イス倒し

一応曲がりなりに人に対しても可能となる体験! 

 

ありよう変容遊び

寝ての全身漸進弛緩法

その後のチェック

何もしない(④何も思考せず、何も行動しない)再度チャレンジ

一回目は、頑張ってやっても20〜30秒が限界だったのが、ありようも落ち着き60秒も何の苦も無くクリアー

その後のお手玉遊びで、ありようチェック

 

さらに

片脚収納、両脚収納を経て人の上腕押し崩し遊び、お手玉遊びでチェック

 

外観スプリング

壁に手を接触し壁押し壁に押し返される。

さらに体操より海草

微小外観スプリング

フクイのフー

パスカルの原理から認知の変容経て内観スプリング

 

 

作用反作用接触勝手に触感123

小五の子に指触れ瞬間123を味わってもらったら、折り返し実現してもらえた。

両親もそれを体感し楽しんでいた。

上腕押しから、上腕に触れるだけに!

何もしない触れるだけ崩し

脚緩み崩しから

ET 崩し

人間メリーゴーランド崩し

さらに人間メリーゴーランドに指さわり崩しとありようが激変

 

親亀転けると子亀、孫亀が転けるのが普通だか、老いなくても子に従う、子に習うことを実感して貰えた!

 

人間凄い、子供凄い、認知ゾーンの自分凄い!

目的は最初から有り、現状認知し、その時々のターゲットは、一緒に学ぶ仲間が、勝手に身をもって教えてくれる。それを出来るだけシンプルに見える化、体感できるように理論仮説のもと、一寸意地悪るの場を提供するだけ!

 

参加者の皆さんから教わっていたら、勝手に楽習システムが構築されてしまった感じ!

 

その状態の自分は、認知ゾーンで、ミラージュ体現し、これまでの最高の自分を発揮できたようだった!

 

自分を見直した素敵な楽しい一時だった!

 

参加してくれた皆さんに感謝!


スーラク健康教室2019/05/11

重力の方向は決まっている。どちらの方向か?

 

慣性力の方向は? いつどうやって決まる? 

 

前者は鉛直方向に決まっているし、後者はアクションを起こして初めて決まる。

 

体内のバケツ(骨盤)の前後左右上下のバランスについて体感を通して余計なことは何もしなくていいんだよという話しだったのだが、結局、たくみの運動方程式と認知の心理学を再学習することとなった。

 

で、普段は自分が陥っている落とし穴ににどうしても他の人も陥りがちであることを実感された。

いつもながらたくみの運動方程式と認知の心理学を特に今回はフィジカルのありようを主に説明し、その原理原則に則り、数種の課題を提示して遊んだのだが、課題をクリアーして原理原則を体感し、理解して頂けたかと思うその後の質問が出て、結局課題が変わり、場面が変わると全く別の何かが起こると思っているということを思い知らされることとなった。

 

立っての課題でも、坐っても、見かけが多少違う課題でも原理、原則は同じであることを説明するのだが、たくみの会の動画で見たんだが、普段触診する際には云々と言い始め、結局、原理原則を自分で理解し、応用するということが出来ないことが理解された。

行動は結果でその結果を真似て直にやろうとしても意味は無いこと、感覚→知覚→認知が変容して初めて運動、行動が変わる事を何度も説明はするのだが、結果である行動に関して、どうなのという質問になってしまう。

 

坐って両手首をつかまれての投げも、相手が手を出している両手に触れての崩しも、右腕同士の切り落としも、掌への「の」の字投げも、胸クロスも結局は同じ原理原則であることを示してもどうしても同じ原理であるということが、なかなか納得出来ない。

 

自分もそうだったし、ある面、体験を通して、知覚、認知が切り替わらない限りは仕方のないことと、思考シフトを自分で起こせるようにするためにはやはり学習の積み重ねと般化が必要であることを実感した。

 

理論は実践のノウハウではない、原理は原理であり、認知の変容には必要だが、ノウハウではない。

円の原理もノウハウだと思ってやろうとすると上手く行かない。そういう原理なんだとフィジカルに任せるとその原理が発現されてくる。

 

教わる立ち場だとどうしても教わりそれをなぞろうとする。それがそもそも人間の認知、行動を無視した行いとなる。原理原則を人に説くということは、思考しフィジカルを解放する作業で、フィジカルがその本来の能力を発揮しやすくなる。のの字投げも気負いもなく何気なく出来るという思いでやると出来てしまっている。

最初から出来る感じがあるから出来るだけ。

 

昨日は、そんなスーラク健康教室のひと時でした。

 

下記に以上のようなことから実感されたことを書きました。

ーラク健康教室をして、たくみの会の運動方程式についての考察】

 

三位一体で有り、その順番はない。どれを磨いても相互に影響を与え、全体がそれなりに最適化が増すと、理解していた。

 

が、昨日、スーラク健康教室をやっていて、実際の動きの時には、必ずそのプロセスが、決まっている。触れた時には終われるように既に準備が済んでおり、その順番があり、やはり、流れる循環なんだと気づいた。

 

◆ 動きについての現段階のプロセス、順番

 

ありよう→コミュニケーション→重さの力

 

ありようとは、

相互の質量を活かせる状態。重力(質量)はverticalであり、慣性(質量)力はHorizontalを含む全方向であり、その両者を活用すればピタゴラスおよび円の原理となり、慣性力で作用反作用を用いれば、まず自分が浮きが掛かった状態にもなり、接している相手も勝手に浮きが掛かり、三次元空間そして更に時空での自由度が飛躍的に増し相互のありようも変わり、自らも相手もエネルギー伝達良導体となり、浮遊体ともなり、自他の質量を抜群にマネジメントしやすくなり、自分が何かをやる、頑張る感じがなくなる。思えば通じる状態、感じとなる。

 

 

コミニケーションは、

実際に接触していようがいまい(非接触だろう)が、相手との接触のありようで有り、自他の感覚、知覚、認知であり、時々刻々の状況(全体、部分)認知と未来に向けての方向認知と提案であり、知覚遮断あるいは認知不成立が基本であり、場を知覚できるありようが有ってのコミニケーションである。触れた瞬間、その後の瞬間瞬間の自他のありよう(感覚→知覚→認知)チエックが、コミュニケーシュンである。

 

 

重さの力

働くのは、認知の結果で有り、動きとなる。

重さの力は最初から常に働いている。ただ、更に重さの力(狭義)以外に、重さ(質量)があるものに、常に働いている力がある。それは慣性力である。

重さの力(狭義)を重力とすると、質量(広義の重さの力)には、さらに慣性力があると言う認知である。

 

重力が質量を動き出させる力(源)だとすると、慣性力は動き出させない力(源)、居着く力ともとれるが、一度動き出すと動きを続けさせてくれる非常にありがたい恵みの力でもあり、マネージメントの対象の力である。重力は、ほっとけば常に勝手に働き続けている。勿論その重力をマネージメントすることも楽しいが、色々な素材を使ってマネージメントする醍醐味は、慣性力かなと思うようになった。すなわちVerticalとHorizontalの知覚を開くことである。

いずれにせよ広義の重さの力(重力✖️慣性力)は、ありよう、コミュニケーションの結果で有り、いじるものではない!

 

 

動きのデザインは、重力と慣性力のデザインかな。


スーラク健康教室2019/04/13

方向(性)とありよう : ベクトルの概念でスッキリ

学ぶ、知るとは、教えてこそ!

 ■ 昨日のスーラク健康教室

 

「方向(性)とありよう」 をテーマに自分自身の身体を通して自然の摂理と仕組みを楽しみ味わうことが出来た。

 

当初は、先月の 認知=知覚+知識 と 頭脳100%を念頭に、simple is best but deep という体験を目的にして、そして、学ぶ具体的な身体課題を方向(性)directionn という切り口で、遊び始めました。

 

いつものレイトS氏と定番の身体遊びの課題、相互に直行して正座しての腕押し倒しとさらには方向を感覚、認知しやすくするためにすりこぎ棒を導入して、その棒を介して、上記課題と押し引き課題で遊んだ。

 

なんとなく方向性をしっかりさせるため、精度を上げるために棒を導入したのだが、結果として、ビゴツキーの学習の三角形理論を応用して、学習の場を設定し、最初は簡単なラフな状態から次第に繊細に緻密な方向を学ぶ事となり、結局、感覚、知覚を開くこととなり、当然認知も変わり、行動も変わる、ありようも変わる結果となった。

 

その中で、方向とは何かということで、昔学んだベクトルという概念を用いて説明した。

ベクトル(量)は「向き」と「大きさ」という二つの量(要素)をもつ

 

その上で、実際に課題を通して、再度力と方向は別の要素で有ることを身をもって実感してもらった。そして、知識として持っている情報と、体感(感覚)を通して知覚し、認知することとの大きな違い、差を学んで貰った。その違いをこれでもかと出来るだけ身に染み居るように体験してもらった。

 

当然のことながら、次第に感覚、知覚を通して認知の修正がなされてくると、行動、為すこと、考えることも変わり、本人自身の体験を通して気づき、なるほどという思いも生まれてきたようで、見ていてもありようが変わり、それまで困難な課題もこなすことが出来る様になった。

 

一方、折角そのありようにも関わらず、課題を提示すると、しばし、身体を固めて過去を絞り出してから、すなわち、元のありように戻してから再度ダサい状態からやろうとする状態もあり、重さの力に身を任せるこちらからの誘導、自分で自分の腕の重さを感じて転がる課題、正座からの礼などを思いだしてもらい、その後直ぐに考えずに課題をやるといとも簡単にクリアー出来る体験を繰り返した。最初は自分だけでは固まったありようから柔らかなありように戻すことが出来なかったが、言葉の誘導だけで可能ともなってきた。

 

その中で、先月のニュートンの運動法則も再度学習することとなった。

F=maで、加速 a=0 で、知覚遮断し、作用反作用であるいはオフスタットで、動き出し、慣性の法則の元で、方向性を相手に示せば相手が勝手になるようになる。こちらはこちらで出来る事をし、相手は相手で勝手になるようになることを遊んだ。

 

力のベクトル量は、力というスカラー量と方向(向き)という情報量 で有ると言うことを改めて私自身、再認識出来た。私自身もこれまで知識としては持っていたが、力と方向をしっかりと分離出来ずにいたことが改めて実感されスッキリした。

 

で、一通り遊び終わってから、感想、質問の時間となり、そこで、出た質問。

へ〜、今更かよ〜という質問だった。時間を割いて今まで説明してきたことは何だったんだよと思いながらも、そうなんだとも思った。

 

見かけの事象、課題が変わると全く別の原理原則があると思っているんだと言うことが理解された。今更説明も面倒なので、論より証拠で、やってみた。

 

それは、たくみの会の代名詞にもなっている「力を使わない介護動作」の課題だった。

S氏も結構普段から腰に負担をかけて生活を繰り返しているので、それもあっての質問かなと思ったが、「坐って居る人を立たせることが出来ますか」と言う質問であった。

 

で、本人に正座で坐ってもらってこちらがその正面に立ち、こちらの片腕を両手でつかんでもらった状態から立ってもらったが、フワーと立ってしまうが、でも引っ張られる感じがすると言う。

 

それで、私自身も雑な状態で、後半引っ張ったのは分かったので、さらに、本日の学びを自己循環させて、力は力、方向は方向と認知し直して、両掌に相手の掌を乗せてもらい、その掌の接触のみで、本人に自立的に立ってもらう場を設定し誘導した。それで当たりもなく立ったのだが、

それでも、まだ、懐疑的な表情をしているので、さらに、こちらの両人差し指にS氏の人差し指を乗せてもらい、指紋と指紋が接している状態で、同じことを体験してもらった。

 

さすがに、今度は、自分が自立的に立っているんだということを納得せざるを得なかったようだが、まだまだ内観するだけの知覚が開いていないこと、本日の身体遊びの本質、重さの力、身体のありよう、コミュニケーションそして認知システムを素直に受け入れ、それを実際に応用するまでではない状態であることは理解された。

さらにさらに、再度介護セミナーの案内を見直してなるほどと思った。結果として下記の7つのことも実現出来てしまっているんだと。

触感123 ②筋肉への信号 ③自分弾み ④相手弾み ⑤プロンプト ⑥等速 ⑦巻き戻し

そうかそうか?! 弾みと、巻き戻しが不足していたことに気付いた。

 

私自身もそうだったが、理解したつもりになることは優しい。これまで学んで来た知識としてはそうだ、そうだ。それがどうしたの? 現代においては常識だという思いには至れる。

が、ベクトルという概念を、真にその意味を理解、実感しているかというとそうでもなかったことは我ながら実感された。

 

本日は、ベクトル量ということで、力と方向がきちんと分離出来たからこそ、人差し指のみで、相手を立たせることも苦もなく出来たものと思った。

私にとっても思考100%を実感され、大きな成果があった教室であった。

 

教えてこそ、学べる。 学びを教わる誰のためでもないスーラク健康教室でした。

いつも参加してくれるS氏に改めて感謝の念が湧いたひと時でした。

 

 


スーラク健康教室2019/03/23

たくみの運動方程式とニュートン力学  認知とは知覚+知識

知覚も、知識を学んで、知ってこそ、初めて認知出来る。
では、学ぶ、知るとは?

本日は、新メンバーの方を含めて、3名の方と知的、身体遊びをしました。

 

認知プロセスにおける頭を開くという方向性で、科学的知識が加わったらどうなるかを、参加者の皆さんに身をもって味わってもらいました。

 

先ずは、知覚メカニズム(認知システム)を再度簡単におさらいをしました。

 

 

その後、刺激とは何か、圧とは何かという、定義を確認し、さらにたくみの運動方程式の重さの力を体感して貰うために、ニュートンの運動法則を第一法則から第三法則まで提示し、身体を通してそれがどういうことなのか味わってもらいました。

 

やり方、How to の説明ではなく、そのシンプルな原理を課題に対して提示するとそれのみで、課題が解決されて、フィジカルのありようもドンドン変わって行く。

・刺激とは変化である。

・ニュートンの第三法則: 作用・反作用を体感し、認識するとそれのみでもコミュニケーションも変わる。

・ニュートンの第一法則: 慣性の法則を知るとありようも変わる

・ニュートンの第2法則: 運動方程式 F=ma で、a=0 で加わる力が0となり、圧が0となり、知覚遮断となり、認知不成立となる。

 

ニュートンの運動法則を理解すると、認知システムも、身体のありようも変わる。

学習し、自己認識、自然の認識が正しくなると、認知も変わり、行動も変わってしまう。

 

ここをこうして、あそこをああして、では無い。

なるほど、そうなる。そうなってしまうと言う体験の場を楽しむ事が出来ました。

 

新規の方ほど、それまでの過緊張なありようの変化が目覚ましく、参加者どうしてもビックリ!

 

ただ、ビックリすることこそがビックリなこと。

それは、元の本来のありようを取り戻すだけのことだから。


スーラク健康教室2019/02/23

現状認知、目的認知、目標認知によりフィジカルのありようもコミュニケーションも変わり、思いが重さの力となり、流れ、認知モードとなる。

 


レイトSさんとの濃密な2時間

 

前回の「認知行動システム」を元に、「現状(在)認知」、「目的認知」、さらに「目標認知」の三認知を、学ぶ!

 

本人の希望で、空中腕相撲をチェック課題として、歩行、お手玉投げ遊びでの3認知を味わってもらい、自分自身で、その違いを感じてもらう。最初の歩行では、まだまだロボット的な歩行で3認知の違いも認知出来ない状態であったが、お手玉投げ遊びを通して、再度、三認知を提示し、その後、歩行の三認知を味わってもらったら、その違いを知覚し、認知可能となり、自ずと歩きようも変わった。

 

すなわち、方法、やり方など全く伝えなくても、「フィジカルのありよう」が変わり、「重さの力」も流れるようになり、それとともに「知覚も開き」、「コミュニケーション」も取れてきて、勝手に空中腕相撲も、勝とうでも無く勝手に重みが流れ、崩れるともなく崩れられるようになる。

 

 

その過程では、無目的に、無目標で、「現状認知」も無く、ただただ意味の無い無駄な時間と無駄な努力をしている、居着くだけの過程を思いっきり味わうこととなった!

 

それを味わえればこそ、接触部が問題ではなく、枝葉末節の手、腕が問題ではなく、「思い」が「重み」となり勝手に流れ ること!

 

さらに、接触部に、棒を介在させても相手に対して思いを届けるだけで、相手に崩れてもらえるようになることまで、体験を共有できた。

 

歩き方など指導せず、教えなくても、「哺乳類の歩き様」となり、「重み」が流れ始め、「コミュニケーション」も良好となり、自分でただ居着いているだけでああることに気づき、それを止めて、流れに乗れば、相手は勝手に崩れるようになる。後は、危なくないように見守り、ただ付いて行くだけで良いことを体験し、自ずと「運動ゾーン」から、「認知ゾーン」にシフトしてしまうことを学んだ!

 

これまで過去に培い習性化してきた強固な認知、スキーマが、氷解する。その過程を見せて貰えた。

 

「知覚も開け」てきて、それとともに「知覚遮断」も自ずと起こり自然な重みの流入が起こる。

 

何ともうれしい、楽しい一時を共有できた。

 

人間やはり「思考が100%」であることが、実感出来た。

 

ただ、新たな自分というか本来の自分を素直に受け止め、受け入れられるかどうかが、大きな壁、曲がり角であることも実感された。ここが中々受け入れがたく、抵抗が強いところであり、一人では「認知の変容」が難しい所である。それ故の「身体遊び」だ!

 

自分の行動を自分でチエックし、「認知システム」を自分で回してもらう必要はある。最初は錆び付き回り難くても、一度回り始めると次第に錆は取れて、滑らかに回り始める。

 

思っていた以上に伝えたいことが流れて行ってくれた。

 

「たくみの会の運動方程式」、「認知システム(認知の心理)」と「未来感覚循環」そして「認知ゾーン」まで!

 

すごい!!!

 


スーラク健康教室2018/12/22



スーラク健康教室 2018/11/24


認知塾として新しい開催場所での記念すべき第一回目でした。

lateS氏はいつもながらの登場参加。初めて参加のW氏も早々に馴染み、そしてあのA氏も一年半振りに参加となり、ブレイン&フィジカルストーミングを参加者全員で楽しみました。

 

簡単な自己紹介の後、この健康教室での原理は、たくみの会の「動き方程式」と「認知の心理学」であることを簡単な図を用いて概略紹介し、その中で、認知の不協和、知覚遮断、認知の不成立を簡単な例で味わってもらいました。

その後、

「肘」を、題材にして、「動」と「働」で、小学生よろしく文を作ってもらい、それぞれの一文をまずは頭でその違いを相互に味わってもらい、ちょっと認知の不協和に陥ってもらい、その混乱した状態で、肘に特化したある限定した状況で、お互いに自分で書いたとおり実施してもらいました。

文章に書き出しても、実際の行動が規定されず認知と行動の乖離があること、勘違いがあることを体感してもらいました。

更に、肘が動くことと、肘が働くことの違いも、限定した身体状況では、肘が動かないからこそ肘が働くことを体感、体験してもらい、その上で壁押し遊びをしました。

 

肘はわざわざ伸ばす必要は無い伸びるもの、曲がるもの!

筋肉のオンではなく、オフするからこそ重さの力が働き、肘の働きとなる。

それが、決して肘と言う関節だけの話ではないことを認知してもらい、最初に設定して置いたチェック課題4つを元に、認知を自ら変えた後の自分のありようを体感、体験してもらいました。

 

そして、新たな自分との出逢いを元に、さらに知覚を開き、身体を自由に開放する簡単な動作を天井に向けやって頂き、精度をあげつつ、さらにスプリングの意味とその味わいをフィジカルで繊細に味わってもらいました。

初めて参加のW氏も気に入って自分で勝手にスプリングを繰り返し転がり自分のフィジカルを確かめ、楽しんでいました。

 

その結果として、最初に設定した課題が、力感無く、やった感じが無く、「うわーこんな繊細な感じは、2,3分後には、直ぐに無くなってしまうー」と言いながら楽しんでいました。

 

初めての試みでしたが、重みの力と認知の心理学の組み合わせで思った以上の楽習効果がありました。

 

 

次回は「コミュニケーション」に焦点を当てて「認知の心理学」で、遊ぼうかな?!

 

 

        スーラク健康教室 毎月第四土曜日 18:00〜20:00


スーラク健康教室 2018/09/08


物を介してともに学ぶ! カミの教育学習システムを体験

 

名刺1枚だからこそ繊細に課題を提示でき、共有でき、これまでにない感覚をシンプルに伝えられ、味わって貰え、しっかり深く考えて認知の変容も起こりやすい!

 

これまでの身と身を介しての課題提示よりも、学習、認知変容は起こりやすい!

 

ある面相手にショックを与え、これまで以上の認知の変容を引き起こしてしまう。そのことに、こちらもショックを受けた。

 

認知したら、後はこれまでのしょうも無いことをしようとしない学習。

考えない。

自分を信じて任せる。

始まる時には終わっている。段取り九分九厘!

 

新たなありようを伝えるたくみの会の最新学習法の威力を実感した。

 

重さの力も、作用反作用も、負けるが勝ちも、つながりコミュニケーションも、フロムセンターも伝えたいことがちょっとの工夫で提示できる共有出来る様になる。

 

その後のありよう変容は、変容させられるのではなく、自らの認知の変容となり、こちらがでは無く、自分でこれまでの自分の認知を修正する場となる。

その学習効果はこれまでとは雲泥の差!

 

いつものlateS氏とのマンツーマンだったが、それだけに彼に特化して、彼が持病と思い込んでいる腰痛に対しても彼自身がこれまでにない認知の変容が出来、歩くのも坐るのもましてや立ち上がるのも辛い状態が嘘のように抜け落ちていく様は爽快であった。以前にも少し動いて貰い嘘のように身体は変化する体験は何度かしているのだが、自分の身体に対する認知が変わらないためひどい腰痛を何度か繰り返していた。

そのひどい腰痛が幸いしてか、この健康教室を気に入ってくれ、仕事が忙しくて、例え1時間遅れても毎回出席する彼であり、正に本日は腰痛様々の学習の場であった。名刺遊び学習後の哺乳類の歩きよう、Verticalもものの見事に決まり、同じ時間でもその中身はこれまでの教室の2,3倍、いや、これまでの健康教室の総時間に匹敵するのではと思えた。

 

なるほど、ビゴツキーの学習理論(媒介性理論)を体感、実感した!

 

            スーラク健康教室 毎月第四土曜日 18:00〜20:00

 人間の活動とその発達は、身体活動、精神活動のいずれにおいても、どういう道具をどのように使用するかに大きく左右される。

主体が対象に直接働き掛けることで起こるのではなく、そこには道具の媒体が必要となる。

 

この三角形媒介性理論は、彼の最近接領域(ZPD:Zone of Proximal Development)と共に、開業し武術関係に興味を持ち、教育動作を学び、自分なりに「身を介した認知行動変容リハビリ療法」ということで、理論構築しようとしている中で行き当たった概念である。

このZPDは、 問題解決において援助無しで達成できること[A]と、

援助があれば達成できること[B]との差の領域。

現在の発達レベルと潜在的な発達レベルの間の領域。

失敗したり成功したりする思考錯誤を維持することが適切な最近接領域の設定につながる。教育の本質的な特性は、最近接領域を作り出すことであり、認知の発達は、本人にとっては学習、援助者にとっては教育であると思って教育動作を学んだ。

このZPDは武術関連の稽古をしていても、教育動作をしていても実感しやすいもので有り、その場を作るのがリハビリであり、診療であり、治療だと思っていた。

 

しかしながら、上記の三角形媒介性理論は、なるほどなとは思うことはあったが、それがどれほどの意味を持っているのかは、実感されずにいた。

しかし昨日の健康教室における名刺一枚での学習の場は正にその極地であり、その理論に初めて出会い、認知した思いであった。

 

その学習課題が、繊細で緻密であればあるほどこれまでの粗い乱暴な認知と行動がどんどん精鋭化されていく。正にカミ技の学習システムであった。

 

名刺一枚を通して色々と課題が設定出来、身体感覚を拓いていくきっかけになり、自己に対する、相手に対する、彼我の関係認知を改める認知変容リハビリのシステムである。その後の認知の変容が容易になっていく。

 

受けてビックリ、やって衝撃! 音速を超えた学習の場であった。

 

        【スーラク健康教室 毎月第四土曜日 18:00〜20:00

 


スーラク健康教室 2018/08/11

■ ■ 身を介した認知行動変容遊び ■ ■

 

本日は、常連のlate S氏とマンツーマン

 

先月の「認知の心理学 ((c)たくみの会)」の総論に引き続き、本日はそれをさらに身を介して学ぶ一時となった。

 

我々は知識と体験を通しての実感との間に意外にかい離がある。

 

頭では一通り理解した積りにはなるが、それが体感を通してしっかりと身体と合致していないと実際面では机上の空論となる。

 

結果として、認知無くして行動無し。適切な認知により初めて適切な行動。不適切な認知からは不適切な行動。であり、その結果は当然の結果となる。

 

 

まずは、理解したと思っているその認知のメカニズムを実際の身体運動、動作を用いて、認知していないこと、理解したと思っても思っているだけで、実際の身体認知とのギャップがあることを確認。

 

課題としては

・裏/表 :外骨格と内骨格(甲殻類と哺乳類遊び)

・負け続ける:棒を介しての従順な犬の散歩遊び

・正三角形の切り抜き遊び

 

主語も、述語、目的語も不明確なまま何かをしまくっている現状確認

 

そして、エンジンとハンドル、アクセルとブレーキによる無理ムダのない運転を例題にプロセスに分解しての身体崩し遊び

 

しかし、それで成功しても思考しながらの再度の繰り返しではうまく行かない体験を通して、余計な思考はムダであり、邪魔にしかならない事を体感して貰う。

 

そして、認知を変容すれば、行動も変容すること。当然結果も異なること。

人に転がって貰うのには、ムダな筋肉運動は全く必要が無い事。自分自身に対する、相手に対する、そして相手との関係性に関する認知をちょっと変える。認知シストするだけで全く手応え無くうそのような結果となることを体験して貰う。

 

車は急に止まれないが、蝶々も急には止まれない。

 

認知を認知するからだのありよう認知!

 

蝶々が止まるだけでも、そよ風が吹くだけでも十分である。

 

認知症でも無くても認知症? でも、やはり、認知症より認知っしょ!!!

 

 

不認知の不認知、認知の不認知。さらに不認知の認知、認知の認知。

 

自分が自分の現状認知と自分のありよう認知と近未来認知。はじまる前にきちんと未来認知しているかの認知を確認しようとするかどうだけ。

 

しっかり認知よりはなんとはなしの認知。程ほどの認知が良い認知であることを身を介して遊びながら確認。

 

その中で、自ずと時空の認知、景色の認知も重要であることが織り込まれてきた。

 

程ほどの適当な認知が良い感じの認知。

必死の認知は必要ない。

 

 

        【スーラク健康教室 毎月第四土曜日 18:00〜20:00