未来を創る認知思考循環システム(和真)

自然体は未来に向かって初めてなる


 自然体と言うことに関しては、How to be and do(和真)という事で、既に述べた。

しかし、その最後に、「地球との伝導体(仲人)になるよう自ら想定できるようになり、

と書いた。その想定するための思考システムを、ここで述べる。

 その元は、たくみの会で学んで、その資格を得て「未来感覚循環トレーナー(ミラージュ)」となっているからこその発想であり、アイデアである。

 その中で、改めて思うことは、学ぼうとしても学べない。その場は必要でも、学ぼう教えてもらうと依存していてはいつまでも学べない。しかし、本当に物事を理解し、学ぶためには自分なりの体験を通して、逃げ場が無く孤独に追い詰められ、恐怖を覚えて、初めて(そこまで行く前の方が良いが)身につまされ、自分で再発見しない限りは自分の物にはならない!

学ぶな! 教わるな! 勉強するな! 本を読むな! 思い知れ!

 再発見は自然の中で、自らの身体を通して追求し、探求し、自らの身体感覚をもって実感し研究してこそ、科学的仮説として再構築出来、初めて実となり、学ぶと言うことになるようだ!

そして、新たな行動エネルギー、原動力となるようだ!

 これまで学んで来たことが具体から抽象へと理論化(プロセス化)出来、そして抽象から具体へも行き来できる「未来を創る認知思考循環システム(未来思考システム)」を構築出来た。

これまでも何度も聞いてきたことだが、全ジャンルに渡り通じること。日常生活のある局面の事のみで無く、他にも通じる本質的なことだと!

医療であれ、介護であれ、会議であれ、仕事であれ、人との個別のコミュニケーションであれ、その応用というか、自然の思考があればこそ、しっかりとその問題の本質も見え、対応も可能となる。

 自然体になり、自然体のありようでいるためには、未来に向かわない限りは無理である。常に未来に向けて流動するのが自然。その未来に向かわなければ、淀みこそすれ、流れる訳がない。しかし、我々は意外と思っている以上に、過去に捕らわれ、同じ事を繰り返し、新たな行動をしない。過去に安住の場を求めるようで、そこからなかなか脱しがたいのも事実のようだ!

 辛い目に遭えば遭うだけ、過去のそのことにこだわり、恨み辛みこれからの未来には向かえないで、自分の身体にダメージを与え、未来を潰す。自然体からは離れるしか無いため、ますます身体は不調になる。それも当たり前!

 真の医療とはと求めて来た事ではあるが、治療ではない未来に向かうというコンセプト、方向性をもち、人間として出来る事をするという「未来を創る認知思考システム」即ち従来言語化して追い求めてきた「和真式認知行動変容リハビリ療法」のその原理、根幹が構築された。物でも、方法でもない。この思考システムが、結局は治療となり、医療となり、介護ともなり、子育てにもなり、その人の人生を創造していく。また、社会に向けて自分を活かすことが出来るようにもなる。これまで認められずにいた自分の価値を認められるようにもなる。

思考すること自体が、自分の興味、趣味となり、社会に向けての原動力となりそして実益ともなるようだ。

 その場、その場が刺激となり、新たな未来への思いという潮流が生まれる。

わざわざ生み出さずとも生まれてくる。湧いてくる。湧き上がってくる。心配ない。大丈夫!

 自然体を創る認知思考循環システムに関しては、既に前項のHow to do & be で紹介している。改めて、全体についてここで紹介する。

 懐かしい!

 プロセス思考、システム思考を最初聞いた時には、へー、それがと思った。そのプロセスのつながりが何?

その凄さ、素晴らしさを実感出来なかった。もちろん教える方は全てを念頭に置いて、その部分部分をこれでもかと懇切丁寧に、かみ砕いて、身に染み込ませようとして教えてくれていたのだろう。しかし、中々身に迫ってこず、受け止め切れず、表面的、部分的な理解(というか誤解、曲解)しか出来ずにいた。

 しかし、身をもって思いっきり思い知り、その本質的な理解、実感に至ったら、逆にプロセスを図に示せるようになり、さらにその意味が実感されるようになった。

これまで学んで来たことがふつふつと沸きあがり、つながり始め、姿を現してくる点描画法だと何度も教わってきた。まさに、まさに! その通り!

 また、これまでは”やりよう”ではない”ありよう”という言葉の理解と実感をしたいと、ありよう、ありようとありようを追求して来たが、前項「How to be & do」で記載したように、身体だけが身体でもない、頭だけが身体でもない、身体はこころだけでも、体だけでもない。最初から1つの裏表。光は波であり、粒子である。”ありよう”も”ありよう”だけではありようがない。”やりよう”と相まっての”ありよう”であり、鶏とたまごの関係。ある面”やりよう”(自然科学の原理が働く条件設定)があって初めて、その結果としての”ありよう”(科学的環境が整い発現出来る場)が維持出来る。【問題】という”ありよう”をチェック出来て初めて【課題】という”やりよう”を改善、改変出来る。循環する。

 上記の図でいえば、現状認知により思い知り何とかという思いから、未来のありよう(目的認知:Object)を設定し、その実現のための科学原理のための必要条件を設定する行動仮説を設定する(目標認知:Target)。100%出来る事しか出来ないが、その可能性がある100%出来る事を計画する。しかし、100%出来る事と言っても今現在出来る事とは限らない。人間として出来たら100%出来る事である。最初は出来なくても良い。おそらくは出来ない。何しろ新たな近未来の事だから。しかし、その実現に向けての仮説を立てる知識と体験は役立つ。その科学的、人間的な素材はあり、利用出来る。その仮説プロセスを構築し計画を立てたら、次は行動(実行)である。まず、計画したプロセスの1つ1つがきちんと計画した通りに発動、発現、行動出来ているかの最初のフェーズのチェック1が必要であり、その修正、試行錯誤が必要である。それがクリアーしたら、次に初めてフェーズ2に進み、チェック2を行う。即ち目的とした状態、物が構築出来ているかどうかのいわゆるパフォーマンスチェック、製品チェックである。

そして、適正な製品、パフォーマンスが得られたら、その過程を効率良く回して身に付けられたら、製造工程を組み上げたら、あとは自動運転出来る。しかしながら、それで永久に良いかというと必ず改善、改良すべき点がまた見えて来る。それが未来に限りなく流れて居る現実である。これで良いと言うことはおそらく永久に来ない。レベルが上がり、次元が高くなればなったで、見えるもの、聞こえるものが異なりまたまた湧いてくる状態となる。

 このシンプルだが二大サイクルと全体サイクル(循環)からなる認知思考循環システムが未来を拓く。即ち感覚・知覚・認知・行動からなる目的(PSOT)サイクル、そして、フェーズ1とフェーズ2よりなるPDC12Aサイクルとその製品、成果(goods)から、さらに次元の高いGoodsへの大循環(Good)サイクルが「未来を創る認知思考システム」であり、人生運搬、向上、成長、成功システムである。健康に関しても自らが主体者となり実体を認め受け入れ、結果のありようの客体からさらに自己循環をして行くことが、治療とも医療ともなり、養生ともなる。

感覚無くして知覚無く、知覚無くして、認知無く、認知する主体無くして、人生も健康もない