●筋肉から身体・人間を見直す(新たな人間認知:天然流思考100%)

我々は地球という重力場、地磁気(磁界)に存在する。

筋肉は、医学としての解剖で学んだように運動器として等尺性収縮、等張性収縮して、筋力の発生源である。

 

そして、脂肪、骨、血液その他の生体の構成要素の1つとして重さの発生源でもある。

一般に重さというと重力質量で、鉛直落下方向を思い描いてしまうが、決して鉛直方向のみではない。

 

質量には慣性質量があり、これは水平方向で初めて測定、実感される重さであり、自然の摂理で重力質量と同等である。

 

  • 仮説:人間は発電器(電磁誘導体)である。

 

さらに、筋肉は筋力として直接、力を働かせなくても、微小の等尺性収縮(*参考)でも生体(内電磁誘導)発電機(発電器)として機能し、電流を発生させることが出来る。しかし、誘導電流が流れるのは一次コイルの電流が変化する時にしか流れないのと同様に、等尺性収縮が変化(緊張・弛緩)する時にこそ生体信号としての電流も流れ、地磁気(電界)の中で繋がっている相手、対象の二次コイルにも電流は流れる。生体は電気の伝導体であり、固体としての生体の接触部分の動きはほとんど無くても発電した電気は直接他の固体にも伝えられる。また、伝導体として直接繋がって居なくて(非接触で)もその電気的変化(誘導起電力)は相手に伝わる。また、電気が流れると電界が発生し、準静電界を形成する。さらに起電力を増し電磁誘導で、磁界も発生すると電磁波発生装置ともなれるだろう。

 

以上の筋肉、生体の機能を図示すると下記の様に分類される。

 

動きの源泉としての筋肉(身体)の意味

0.運動器 等張性収縮 筋力

1.重さ(質量)

1_1. 鉛直方向:重力質量

1_2. 水平方向:慣性質量

2.発電器

2_1. 発電器(生体発電機)等尺性収縮 電流

2_2. 拡張性(磁界ー): 準静電界  電界

2_3. 指向性(磁界+): 電磁波   磁界

 

図示すると下記のイメージ。

 

 

また、逆にこれまで、動きの方程式として図示してきたことを「重さの力」を情報の種類として認知シフトすると、下記の様に書き直せるのではないか?

 

また、「動き」ということで、これまで追求して来たことは、今の体感としては「流れ」として受け止められるので、流れの方程式とすると以下の図として示される。

 

さらに。

重さは鉛直方向、慣性は水平方向その二つがミックスされる現実の落下は放物線であり、その適時、随時の水平成分慣性の方向性の微調整が風船を動かす位の筋力で十分。即ち自然の摂理、重力と慣性の法則に従えば自由自在に流れる。

逆に流れなければ動かない。電気も、動きも流れてこそ自在。流れられるありようが自然のありよう。

となれば、先ほどまでは筋肉を発電器、起電力の元として認知シフトしたが、じゃ、筋肉だけが発電器かというと、それ以上の高次高機能発電器が神経が密集した中枢神経系、膨大なシナプスの集合体がある。

ただし、有る特定の臓器の電気的変化は、心臓は心電図として、脳は脳波として、筋肉は筋電図として取り出されるが、ここで言う電気刺激は思考の結果の一次生体電気であり、触れている対象者への二次電気を誘発するという身体全体としての電気信号、緊張、弛緩信号である。

なるほど、だからこそ、頭と身体を分離し、しっかりと目的を認知し、目標を設定すれば、シナプスが発火し、身体という自分が適切に機能発揮してくるのか?! 

余計な邪魔な筋肉の電磁誘導を起こさない、発火しない平穏な自然な状態が本来のありようなんだ!

そうか、そうか。

自然の法則のニュートンの運動法則から逸脱していないかの現状を感覚知覚認知し適切な目的と、目標を設定し適切な部位の高次シナプスを発火させて初めて身体が自動運転され続けることが出来る。

 

鉛直方向は落下に任せ、水平方向に適切な目標を設定し、適切なイメージを時時刻刻と切り替えていくのが流れなんだ。思考も停滞しては起電力とはならない。思考の切替とその思考のクロック数が滑らかな流れ、運動の効率を決める。

加速無ければ力なく、圧無く、刺激無し。刺激無ければ、感覚無く知覚無く、認知無し。

重力、慣性力が発生したら、後は、力即ち加速度(筋力で制御可)で自在にマネージメントする。ただし、急発進は事故の元。やはりシムラーで、Nの震撼ともなる。!

 

なるほど、全原因自己、思考100%だ!

筋肉、部分をいじっては、居着きの元、頭を適切に使ってこそ。

 

強く握られようが、やさしく触れられようが、非接触だろうが、

頭と身体の分離、自他の分離が適正にされているからこそ、目的認知、目標認知で、自律的自立行動も健やかに滑らかとなる!