認知行動システムとゾーン・サイクル


■ 身体:認知行動システム


 現代においては、人間を学ぶにも色々な学問がある。哲学から科学が生まれ、さらにそれが細分化され、文学、物理学、化学、数学、天文学、人文科学、国文学、医学などに、また医学はさらに時代と共に細分化されて解剖学、生理学、生化学、法医学、微生物学、免疫学、公衆衛生学、神経免疫学、心身医学、心理学、脳科学などに、さらに実際の医療では、内科、外科、小児科、産科婦人科、整形外科、心療内科、精神科、神経内科、物療内科、脳神経外科、脳神経内科、皮膚科、耳鼻科等々さらに多岐に分かれる。

 その中で、人間の不思議を研究する学問体系の1つに心のしくみ、働きを研究する心理学がある。しかし心が心だけであるわけでは無い。人間の生身の身体といわゆる心の2つが別々にあるわけでは無く、人間の身体の構造と機能、働きの側面を見ているということ。歴史的に、心身2元論と一元論(心身一如)が議論された時代もあったが、今は脳科学が発達するとともに心の働きもその結果であると考えられている。精神・心理学分野でもフロイトからユングなどを経て、様々な観点からのアプローチがされ、医学、治療としても森田療法、内観療法、ゲシュタルト療法、ロゴセラピー(実存分析)、健康創生論、そして認知療法、論理療法、スキーマ療法、弁証法的行動療法などある。

 そんな中で、心は心だけで存在出来る分けでも無く、目に見えない心というものを扱うのでは無く、行動に着目し分析し、未来に向けて活かしやすい学問として行動分析学があり、そのABC理論を用いた”たくみの会”独自の人間システムの捉え方があり、「認知の心理学」として体系づけられており、さらにそこから人間の不思議、面白さを理論仮説の元、幅広く深く明確に身をもって楽しく学べる。

 ここで、その基本となる身体システムすなわち認知行動システムを紹介する。

その基本的な概念は一般的な生理学、脳科学、心理学、心身医学などでもお馴染みの基本的な単語(術語)で示されるシンプルなシステムであるが、シンプルであるがゆえに基本であり、奥深く広い。

 武術的な奥義、秘伝と言われる物にも通じるし、医学的には認知症の理解と実地臨床での対応にも役立つし、身体のリハビリ(身を介した認知行動変容リハビリ)としても、さらに精神科領域、介護領域でのCVPPP(Comprehensive Violence Prevention and Protection Programme:包括的暴力防止プログラム)にも従来とは異なる次元で、役立つ。

ちなみにリスクアセスメント、ディエスカレーションには、リスク管理とともに思いと思いのコミュニケーション、和み話法が基本となるだろう。

チームテクニックスブレイクアウェイには触感123,触感イニシアティブ、知覚123,神の接触、認知不成立などがもろに当てはまる。

何が何に役立つということでは無く、達人(本来の人に達した人)のありようがそのまま治療にもセラピーにもなるということだが、一般的には意味不明のことだろう。

何しろ私がそうだったから。これにはこれ、あれにはあれというマニュアル人間、紋切り型、ノン思考人間だった!

そこから本来の人としての人間になるというか戻るだけ。その基本概念である。

 

その身体システムの基本概念図を下記に示す。

 

 身体システムとしてはシンプルに【感覚】→【知覚】→【認知】→【運動:行動】という4つのプロセスからなるシステムである。

医学教育として、生理学、心理学、心身医学、脳科学などでもお馴染みの単語(術後)のみであり、何も珍しくはない。たったこれだけ。

 

しかし、そのポイントは3つある。

 

・1つ目は、この4つのプロセスの流れは一方方向であること。

・2つ目は、運動後は、その結果を再度、同じプロセスに流せる、流れること。流れて居ること。

・3つ目は、生理学で最初に学ぶ事だが、感覚のための感覚受容器に「刺激」として作用するのは

  その感覚受容器に特有な「変化」であるということである。

 

 ポイントの一つめであるが、一方通行であり、逆流はしないと言うことである。認知から知覚を迎えに行くと言うことはあるが、プロセスとしては決して逆流はしない。

そして、一方通行のプロセスだと言うことは、感覚というプロセスがあって初めて知覚というプロセスが起こり、そのプロセスを経てはじめて認知というプロセスがおき、認知というプロセスがあって初めて行動というプロセスが起きると言うことである。何をくどくどと思われるが、この意味を真に知るとビックリするようなことが身をもって行動を通して体験出来る。

認知というプロセスを経ないと行動というプロセスは起きない。起こせない。

「感覚無くして知覚無し、知覚無くして認知無く、認知無くして行動無し」なのである。

それがどういうことなのか、言葉で説明を聞いても字面では分かったつもりには直ぐなれるが、真の意味では、なかなか分からない。その実例を我が身で味わって、「へー、そういうことか」と、驚き、目からウロコが落ちてこそ、知識と行動が一致(知行合一)して、初めて分かる。

 ここまでも「何だそうか。分かった」と理解したつもりになるのは簡単だ!

しかし、このシステムが如何に素晴らしいかを知るのには、この世に生を受けてから長年染み付いてきた錆を落とし、目からウロコが何枚か落ちないと理解出来ない。少なくとも錆び付いていることを身をもって実感しないと分からない事でもある。

現代の教育では体育と知育を別々と考え、別々に学ぶシステムになっており、さらに知育偏重、体育特化の状態であり、それではいつまでも知行合一という真の学びにはならない。その点、身体を通して人間の真理とその心理を学ぶ場を塾と捉え、和真認知楽習塾としている。

 

ポイントの三つめ、「変化が刺激である」を裏を返すと「変化がなくなると刺激でなくなる」ということであり、私も医学生の時には、「刺激」って「変化」のことなんだ、新しい知識だとただそのまま鵜呑みにした。ただ、裏返して考えてみることはなかった。これもこれだけを理解したと思うのはそう難しいことでも無いだろう。

しつこいようだが、再度「感覚無くして知覚無し、知覚無くして認知無し、認知無くして運動なし」であり、端的に言うと「感覚無くして、運動なし」なのであり、知覚を遮断すると認知出来ず運動・行動が出来なくなると言うこと。すなわち、知覚遮断による認知不成立となる。

しかし、次の様に表現したら、その現象を理解、納得出来るだろうか?

 

 相手の腕を強くつかんでも、それ以上相手に刺激を与えなければ、相手は抵抗という行動が出来なくなり、相手を崩すことも出来る。

さらに、触れるか触れないかで指一本で触れていても、同様に相手を崩すことが出来る。

 

 私自身上記で説明している知識を得てから、この現象を理解、納得し、可能になる(知行合一する)まで9年近く掛かった。まだまだ、シンプルにピュアーに常に誰にでもというレベルでもないが、曲がりなりにも何とか。

 

 知覚を遮断する。相手が居るのであれば、相手の「知覚を遮断する」。その遮断する部位はどこでも、とにかく相手に触れている部分の変化を無くす(接触部分の無変化にする)と、相手の抵抗を引き起こすこと無く、相手は自ら崩れ、倒し、誘導することが出来る。なお、身体のどこで知覚を遮断するかは色々と工夫は出来る。

これは「感覚」→「知覚」のプロセスを邪魔する場合であり、結局知覚も生じないで、認知も生じず、運動・行動が起こらない場合である。すなわち、知覚遮断による認知の不成立である。

 

 刺激が加わり、知覚が発生した場合もさらに、ある知覚とある知覚が一致していたら幸い、認知され、行動も出来る。すなわち、2つの知覚が同時に生じそれが生得的行動(運動)の知覚と一致していたら、認知が成立し行動・運動ともなる。がしかし、その知覚が従来の獲得してきた知覚状態と異なると「知覚の不統合」となり「認知不成立」となり、行動出来ない状態となる。

 

 相手の両肩を、こちらの両手で掴んで相手を回して崩す。

 

相手への接触部位、すなわち情報与える場所は左右の肩であり、両手が協調して同じ方向に倒そう、崩そうとすると知覚が統合して、認知が成立して行動も出来、抵抗を招く。

が、両手からの知覚が左右違っていたら?  知覚不統合による認知不成立!

 

ポイント3は、これらのプロセスがひと巡りして運動・行動となって、さらにその結果を感覚→知覚→認知→行動のプロセスが巡り、循環する。そして記憶ともなり、習慣ともなるということです。

ひとつの目的(未来)に向けて内観を目安にしてその計画がこのシステムを通して上手く行くように何度か循環させる①成長サイクル(練)もあり、さらにその成功プロセスを定着させる②成熟サイクル(習)もあり、本来の人に達する認知(達人)ゾーンである。逆に上手く行かない時のプロセスを示す運動(未人)ゾーンも有り、さらにそれが習慣化するとダサイクルとなる。次第に下手になる③退行サイクルあり、それが定着固定化し廃用状態に陥っていく④廃用サイクルとしても機能する。

 

 成長サイクルで新しいプランでうまく行った結果、Goodの体内感覚知覚よりなる内観記憶をC1の判断基準(C1内情報)として、その運動行動をチェックし、錬ると、繰り返し可能となる汎用性のある安定した習熟サイクル(定着 習慣化 習得のサイクル)となる。

一方、折角のGoodの運動行動も外部の状況(外観)(過去の情報)による外観記憶をC1の基準とて過去に向かうと、過去を繰り返す未人サイクルに陥り、ダサイクルとなる。

すなわち成長サイクルは未来に向け内観を元に「PDC1C2A1A2」を回すことであり、習熟サイクルは「PDC1内情報A1」を回す事であり、C2A2はおまけ!

  このたった4つのプロセスと、3つのポイントの意味を本当に理解すると2ゾーン4サイクル(循環)となり、さらにたくみの会独自の「超越心理学」にもつながって行く。

人間の不思議さ、霊妙さをこのシンプルなシステムで説明出来るのが「認知の心理学」である。

なお、③退行サイクル ④廃用サイクルはたくみの会の①成長サイクル②習塾サイクルに対して、和真クリニック時代からモデル化してきた「依存廃用身心かい離悪循環」を形成する認知面からの循環であり、私が勝手に命名したものである。